持永只仁アニメーションプロジェクト

持永只仁の想いを子どもたちへ届けよう、未来へつなげよう。

持永只仁プロフィール

持永只仁(もちなが ただひと 1919-1999)
日中人形アニメーションの父
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 戦中、大ヒットを飛ばした日本初の長編アニメーション映画『桃太郎の海鷲』などの製作に関わり、マルチ撮影台の開発などで頭角を表す。その後、満州映画協会に入社、終戦を迎える。 映画監督、内田吐夢らとともに中国にとどまり、京劇から着想を得てアジア初となる人形アニメーション映画を製作。東北アニメーションスタジオ、上海アニメーションスタジオの設立に尽力し、中国アニメーション界から今も絶大な尊敬を集めている。 帰国後も、精力的に作品を発表。日本初の人形アニメーション映画となった『瓜子姫とあまのじゃく(1956)』、第一回バンクーバー国際映画祭児童映画部門でグランプリを獲得した『ちびくろさんぼのとらたいじ』などがある。 国際映画祭での受賞により、活躍の場はさらに海外へ広がる。ランキン・バス・プロダクションとの共同製作『ルドルフ 赤鼻のトナカイ(1964)』は、今も世界中でクリスマスの定番アニメーションとして愛されている。この時期の作品はティム・バートンにも影響を与えたと言われている。 川本喜八郎、岡本忠成、真賀里文子などの後進の育成にも積極的に取り組み、北京電影学院でも教鞭をとった。

2020.01.17 Friday